最近ついてないことばっかりで
その日も俺は真田副部長にグランド20周をさせられた後で、
気分がどん底のまま教室に忘れ物を取りに行った。
息を切らしながら駆け込んだ放課後の教室に
「……?」
アンタの姿を見つけた俺は、
自分でも驚くくらい…どん底だった気分が戻っていく感覚を味わった。
君だから、キスしたい
ドクン
ドクン
ドクン
走ったことが原因ではない、うるさいくらいの鼓動。
紅潮した頬がより一層熱を持って、俺はそれを誤魔化すように口元に手を当てながら
誰か他に人がいないか辺りをキョロキョロとしてしまう。
もしも誰かに見られていたとしたら俺は挙動不審の変な奴だろう。
だけど今はそんなことに構っていられないほど俺は余裕がない状態だ。
「……。」
「…っ。」
何故かが1人、教室に残っている。
それだけじゃない、自分の席に着いたままスヤスヤと寝息を立てているのだ。
心臓がうるさい。
ただでさえ走った後で暑いのに更に体が熱を増していく。
俺は意を決して教室の中へと足を一歩踏み入れた。
別に他の女子だったら教室に1人で残って眠っていたとしてもそこまで気にならない。
ドキドキしたりもしないし『起こさないように』という気遣いすらお粗末だろう。
だけどの場合は違う。
好きな子が教室に1人残っていたらドキドキするに決まってるし、
起こしたら悪いよな、なんて思って無駄に足音にまで気を使っちまう。
まあ正直な気持ちとしては起きて欲しいなんて思うけど
あまりにも気持ちよさそうに(しかも熟睡)眠ってるからそれを邪魔するなんて到底出来ない。
言ってしまえば俺はのことがどうしようもなく好きなわけで。
こんな形であれ、最近ついてないことばかりだった俺を
好きな子と2人きりにしてくれた神様に感謝しなきゃだよな。
放課後の誰もいない教室でと2人きり。
相変わらずは目を瞑ったまま小さく寝息を立てているだけで
俺の存在に気付きもしないけど…寝てるところなんてそうそう見れるもんじゃないし、
ある意味ラッキーだったということで俺はに少し近付いてみた。
「…。」
「……。」
呼んでみても反応がない。
そっと寝顔を覗き込めば、
自分の腕に顔を乗せて眠っている。
横に顔を向けていたのが幸いして寝顔がよく見えた。
(…うわ、何か俺変態みてぇ)
好きな子の寝顔覗き込んで、一体何をやってるんだろう俺は。
…でも見たいものは仕方がない。
寝顔なんて滅多に見れないし
…しかも、可愛いし。
の寝顔は思ったよりも可愛くて(惚れた弱みってやつだろうか?)
余計に心臓がうるさくなって参ってしまう。
全く起きる気配を見せない。
…少しくらい。
そんな小さな出来心から、その綺麗な髪へと手を伸ばす。
「……。」
「……。」
「…。」
「…んっ…」
「!」
サラリ、と指をすり抜ける綺麗な髪に熱くなる頬。
そして無意識に零れだした「」という名前。
普段は名字で呼んでいるのに唐突に口に出たその名前は、
俺の隠れた願いだったのか。
はさすがに気付いたのか眉を小さく寄せて声を漏らす。
俺は心臓が飛び出すほど驚いてしまい慌てて手を引っ込めた。
はその時だけ反応したものの、
再び静かに寝息を立て始めた。
俺ははぁ〜っ…と大袈裟にため息をつく。
(ビビッた…起きたかと思った…!)
冷や汗があふれ出すようで、俺は首筋に手を当てた。
そしてまたひとつため息をついてから…
そっと、に視線を戻す。
本当はもう部活に戻らなきゃまずいのに離れがたくなる。
だってコートに戻れば復帰してきた幸村部長が
真田副部長なんか目じゃないくらいの超ハードメニューを出してきて、
部長自身はメニューをやってヘトヘトになってる俺らを見て楽しそうに
ベンチでニコニコ笑ってるし。(大魔王だ!)
真田副部長はいつも通り口うるさいし
俺と1つしか変わんないのに妙に堅苦しくてどっかの頑固親父みたいで…
とにかく!暑苦しくて耐えらんねぇ!
柳先輩も何だかんだ口うるさいし
ジャッカル先輩と柳生先輩は…まぁ、普通か。
仁王先輩と丸井先輩はやけにいつもちょっかい出してくるし…(別にいいけどさ)
…って、あー!
丸井先輩にアレ返さねぇと…。
いっけね、そうだよ。
アレを教室に忘れたから取りに来たんじゃん。
…でもめんどくせぇな。
アレを手に持ったら猛ダッシュでコートに戻らなきゃなんないし。
だけどコートに行けば周りは男・男・男!
そりゃ男子テニス部だし男ばっかなのは仕方ないけど
ずっとあそこにいるとむさ苦しくて嫌になる。
戻るのは嫌だ…現実に帰りたくない。
もし、がマネをやってくれたらどんなに幸せだろう。
俺、毎日部活本気で頑張れる自信あるんだけどな…
目の保養にもなるし、心も癒される。
(あー!ずっとここでの寝顔見てたい!)
別に変態でもいいや!
そんな風に自棄になって俺は、戻ろうかと躊躇していた思いを振り切った。
あと少しだけここにいたい、そんな気持ちから。
再びを見ればまだ眠っている。
時計に目を向けるとそろそろ帰ったほうがよさそうな時間だったし
俺はを起こそうと試みた。
「…、。」
「……。」
「起きろ〜おーい。」
「……。」
「さーん?起きてくださーい。」
「……。」
「…ダメだこりゃ。」
少し揺すったくらいじゃ起きてくれない。
もっと近くで名前を呼んで揺すらないとダメか、
そう思って更にに近付いたのと同時…俺の心臓はドクンッと跳ね上がる。
(…近っ…)
今までこんなに近くでを見たことがないと思えるくらい、
俺はの側へ寄ってしまっている。
ドクドクと脈打つ心臓が血液を送り出し、
脳天から爪先まで熱を送り届ける。
可愛すぎてやばい、とか考えてる自分が一番やばい。
赤く色づいたその唇に目線が釘付けで。
柔らかそうだ、なんて考えてる自分が自分で嫌になる。
でも、それでも欲望は抑えられないもので。
(…キス、したい…)
その唇に触れてしまいたい、
気付けば体が動きの唇にキスをしそうになっていた。
閉じかけた瞼。
あと数センチ行けば触れてしまう…
(―って!何やってんだ俺!)
ハッと我に返り顔が真っ赤になりながら
俺は顔の向きを変えての耳元で囁いた。
「、起きろ。」
どんなに揺すっても名字を呼んでも反応しなかったが唯一反応した言葉。
下の名前で呼べば起きるかもしれない、そう咄嗟に思って耳元で言った。
案の定はその瞼をゆっくりと開けると、
まだうつろな瞳が俺をとらえる。
少しずつ覚醒していくの瞳に、顔を赤くしたままの俺が映っていた。
は未だ覚めきっていないような表情で俺を見ながら呟いた。
「…きりは、ら…?」
「お、おう。」
「…え…切原…?」
「…うん。」
「…は、え、ちょちょちょ!き、切原っ!?何やってんの!?」
「うおっ!?ビビッたぁ!」
突如夢の世界から現実へと戻ったは俺の顔をしっかり見るなりそう大声を出す。
突然のことに俺は肩を跳ね上がらせて
さっきとは違う鼓動に胸へと手を当てた。
「な、んだよ…いきなりデカイ声出すなって!」
「ご、ごめんっ。だって切原がいると思わなくて…」
「…。」
「な、何やってたの?部活は?」
「え。いや…その、忘れ物したから取りに来たんだよ。」
「あ、そうだったんだ。」
ヘラッと笑って見せればもつられて笑う。
いまだにうるさい心臓がにまで聞こえてしまいそうで
俺はぎゅっと胸のところのユニフォームを握った。
…良かった、良かった〜!
キスしそうになったのはバレてねぇみたいだ!
マジであんなことしようとしたのバレたらやばかった…
それにしても何考えてんだよ、俺。
心底安心している俺を見ながらは小さく首を傾げた。
「…切原…?」
「ん?」
「…あのさ…」
「何?」
「あたしのこと名前で呼んだ?」
「え…」
目を丸くする俺を見ては少し苦笑すると「まさかね、」と呟く。
2人きりの教室。
傾いた夕日に照らされるは
何だか凄く綺麗で。
「あたしの聞き間違いだよね。ごめん、変なこと言って。」
「……。」
「…切原?」
「…聞き間違いじゃねぇよ。」
「え?」
「聞き間違いじゃなくて、本当に名前で呼んだ。」
今度はが目を丸くする番だった。
訪れる沈黙を破るようにが笑う。
ほんの少し驚いたような、それでいて嬉しそうに。
「…何で?」
「…な、何でって…」
「うん。」
「な、なんとなく…?」
「何であたしに聞くのぉ?マジびっくりしたじゃん!」
笑顔を浮かべるを、素直に可愛いと思った。
寝顔も可愛いけどそれよりもずっとずっと可愛くて。
『なんとなく』なんて言ってしまったけど本当は『呼びたかった』んだ。
ずっと呼びたかったのかもしれない。
って呼びたいって本当はずっと前から思ってた。
「…わりぃ、今の嘘。」
「…え?」
「呼びたかったから、つい呼んじゃった。」
「…あたしの、名前?」
「そ。…って呼びたかったから。」
「……。」
まさかこんなことを俺が言うと思わなかったのか、
は頬を赤らめて俺を凝視した。
またドクンドクンと鼓動を速める心臓の音が目の前にいるに聞こえてしまいそうで
俺はそれを誤魔化すようにの名前を呼んだ。
「。」
「え…」
俺を見つめるその瞳に吸い寄せられるように、
俺はに顔を近づけた。
唇に感じる熱と柔らかさに俺は細めた瞳を完全に閉じた。
君だからキスしたい、そんな俺の思いが
重なった唇から伝わればいいのに。
そっと唇を離す。
ゆっくりと目を開けば顔を赤くしたままのが目の前にいて。
思わずフッと笑いが零れた。
「…きり、はら…?」
「…ん?」
「な、なに…今の。」
「何って…自分で考えれば?」
「えっ、ちょ、待っ…!」
ニヤリ、と笑ってみせてから俺は背を向ける。
そしてそのまま教室を後にした。
の慌てたような声を背中に感じながら
教室のドアを出た瞬間俺は猛ダッシュ。
バタバタと誰もいない廊下を一気に駆け抜ける。
顔は熱いし心臓はうるさいし、俺はの唇に触れた自分の唇に手を当てて
緩み続ける口元を必死に隠した。
明日、君に何て言おうか。
とりあえず、君だからキスしたかった理由を告げて、
それで君が笑ってくれれば何もかも万々歳だ。
(やべー!やべー!とキスしちった…!)
(つーか俺順序めちゃくちゃじゃね!?告る前にキス…やっちまった…)
(それにしてもアイツの唇超柔らかかったな…マジでマシュマロみてぇだったし)
(って、あーーーー!!!!結局忘れ物取ってくんの忘れた!)
「…ま、いっか。どーせ丸井先輩のエロ本だし。(どっちにしろがいたら持って来れねぇよな)」
End
MIDI By : Beluga
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Thank you for 150000 hits over !!
For POL From 【smile×smile】
2007.12.3
赤也視点のお話でしたがいかがでしょうか?
今回の赤也は純情ボーイで。(笑)
企画参加ありがとうございました!