あたしと赤也は幼馴染み。
それ以下でもそれ以上でもないし、恋愛感情なんてもってのほか。
小さい頃からまるで兄妹みたいに過ごしてきたあたしたちの間には、
特別な感情なんて存在しない。
…そう思っていたのは、あたしだけみたいです。
男は狼なのよ、気をつけなさい
現在赤也の部屋の前。
足音を立てないように階段を上がり、何の前触れもなく部屋に突入してやろうという
ドッキリ作戦は果たしてどんなことになるのでしょうか。
でも年頃の男子の部屋に急に入ってお取り込み中だったらどうしよう、
なんて思ったけど今更引き返すのも面倒なのでそのまま強行突破することにした。
バタンッ!
「赤也ー!」
「ぅおわっ!?おまっ、何だよいきなり!」
「あ!エロ本!おばちゃーん!赤也がエロほ…
「だー!わー!やめろバカッ!」
予想通り、赤也はエロ本を見ていました。
幸い見ていただけで取り込み中ではなかったので何とか一安心。
物凄い慌てぶりであたしの口を塞いでくる赤也が面白くて、
あたしはゲラゲラ笑ってしまった。
「赤也のエッチー!やっぱエロ本見てた〜!」
「…お前いきなり入ってくんなって言ってんだろ!ノックくらいしろ!」
「やだね、アンタだってあたしの部屋来るときノックしないくせに!」
「俺はいいんだよ、お前が着替えてるとこ見たって何とも思わねぇし。」
「あたしだってアンタがエロ本見て(ピー)してたって何とも思わないもん。」
「お前女のくせによくそういうこと言えるよな!」
ええ、別に赤也が何をしていたって何とも思いませんよあたしは。
だって赤也のことは『男』としてなんか見ていないし、
赤也だってこの通りあたしのことを『女』としてなんか意識してないし。
確かに部屋に急に入ったのは悪いけどさ、お互い様じゃん。
赤也は大袈裟にため息をついたあとベッドに放り投げていたエロ本を
いそいそとベッドの下にしまう。(何てベタな隠し場所…)
そして何事もなかったかのようにケロッとしながらあたしに言った。
「で?何の用だよ?」
「あ、そうそう。前に借りたバンプのアルバム返しに来たの。」
「あーはいはい。お前おっせーよ、貸したのいつの話しだし。」
「まぁそこは気にしないで。…あーーー!」
「!?」
アルバムを渡そうと思ってハッとした。
肝心のCDを自分の部屋に忘れてきてしまった、ということに。
あちゃー、と額に手を当てたあたしを見るなり
赤也は「お前マジでバカすぎ。」と真顔で言ってくるものだから癪に障る。
バカにバカって言われることほど屈辱的なものはない。
「一体何しにきたんだよお前。」
「うっさいなー、うっかりだようっかり。てなわけで赤也、あたしの部屋に後で取りに来て。」
「はぁ?何で俺が!」
「いーじゃん、隣なんだし。あたしこれから夕飯だから時間見計らって来てねー。」
「おい、!お前無責任すぎ…
赤也の言葉を無視してドアを閉めて強制終了。
部屋の中から聞こえるブーイングを背に思わず笑いながら、
おばちゃんに「お邪魔しましたー」と言って赤也の家を後にした。
玄関を出て隣にある自宅に向かう僅かの間、
そういえば最近赤也があたしの部屋に来ていないことに気付いた。
着替えてる所を見られたのだって、中1の頃の話だし。
あたしが赤也の部屋に行くことは頻繁にあっても
赤也があたしの部屋に来たことなんてここ半年くらい全くない。
何でだろうなー、なんて思ったけど
大して興味が湧かなかったその疑問は無意識に頭のどこかに消え去ってしまった。
**
「あれー、赤也遅いなぁ…。」
「何、赤也呼んだの?」
「うん、借りてたCD返したいから取りに来てって言ったんだけど来ない。」
「アンタさっき赤也ん家に何しに行ったのよ。」
「それ返しに行ったんだけどCD持ってくの忘れちゃって。」
「バカねー。」
赤也といいお母さんといい、あたしのことバカ呼ばわりしないでほしいなぁ。
そんな文句は喉の辺りまで上がってきただけで口には出てこなかったけど。
お母さんと他愛もない会話をしながらソファに腰掛けて今か今かと赤也が
やって来るのを待ってはいたけど、一向に来る気配がない。
メールを入れたけど返事が来ないし。
チラリと見た壁時計の時刻は夜の9時半。
そろそろお風呂に入りたいという気持ちが沸々と込み上げてきていて、
待っているのも段々嫌気がさしてきた。
どうしようか、と暫し考え込んだあとあたしが出した決断は
赤也を待たずにお風呂に入ってしまおうというものだった。
「お母さん、あたしお風呂入るから赤也来たらCD渡しといて。」
「CD?どれ?」
「今持ってくるから。」
そう言ってリビングを後にして自室に向かう。
袋に入ったCDを手に取りクローゼットの中にある下着を取り出して
再びリビングに戻るとお母さんにCDを渡して、そのままお風呂に直行。
赤也のヤツ、忘れてるのかな。
あのアホなら有り得る事態を想像しながら
お風呂から上がった時にはあのCDが無事赤也の手に渡っていることを期待して
のんびりと湯船につかった。
「げ、赤也まだ来てないの!?」
「来てないわよ。」
「もー、何やってんのアイツ。また届けに来いってこと?」
「そうじゃないの、元はと言えばアンタが借りたんでしょ。」
「……。」
キャミソールにショーパンという部屋着に着替えて
すがすがしい気持ちでお風呂から上がったあたしの目に飛び込んできたのは
ちょこんとテーブルに置かれたCDの入った袋。
バスタオルで髪を拭きながらそれを渋々手に取った。
「ちぇー、しょうがない。持ってくか。」
「、行くなら髪乾かして行きなさいよ。」
「わかってるって。」
「あと、いくら赤也相手だからって女の子がそんな格好で行っちゃダメだからね。」
「そんな格好…?」
今のその格好よ、というお母さんの言葉が
閉める直前のリビングのドアの向こうから聞こえたけど
特別気にも留めなかった。
キャミにショーパン、確かに下着みたいなもんだけど
別に赤也相手に何を今更意識することがあるのかわからない。
洗面所にあるドライヤーで髪を乾かした後に
あたしは自室に戻って最後にもう一度CDを聞いてから赤也に返すことにした。
デッキにCDをセットしてお気に入りの曲だけを流していく。
Ipodで聞くのも好きだけど、こうやって部屋に音楽を流すのも好きだから
何となくリラックスしてしまう。
この曲が終わったら返しに行こうかなー、なんて思いながら
いつのまにか手を伸ばしていた雑誌のページに視線を配り続ける。
そんでもってオマケにベッドに横になってしまっているから、
返しに行こうなんて思うだけ無駄だって誰が見てもわかるはずだ。
その時だった。
インターホンの音が耳に飛び込んできたのは。
「やっと来た!」
独り言を呟いて元々近所迷惑を意識して小さめにしていた音量を
更に小さくして下から聞こえてくる会話に耳を傾けた。
「お邪魔しまーす。」
「はーい、なら部屋よー。」
「うぃーっす。」
赤也の声がして、お母さんの声がして、また赤也の声。
タン、タンと階段を上がってくる足音が徐々に近付いて部屋の前で一旦止まった。
どうせアイツのことだ、ノックなんかしないんだろう。
もしノックをせずに入って来たりしたら
着替えてないけど着替えてることにして、この雑誌を投げつけてやる。
普段どおりのおふざけのつもりでニヤリと笑ってその時を待った。
―コンコンッ。
…予想外。
今アイツ、ノックしたよね?マジで?
絶対しないと思ったのに。
「?俺。」
「え、あ、うん。いーよ。」
「お前なー、自分で借りたもんくらい自分で…
…パタン。
え…何?
赤也の不自然な行動に思わずあたしも停止する。
文句を言いながらドアを開けた赤也は
あたしの姿を見るなりドアを再び閉めてしまった。
部屋には音量1で流れる小さなメロディー以外に何の音もしない。
目を点にして何も言わずにドアを閉めた赤也の姿が頭の中をぐるぐる駆け巡る。
何かこの部屋にいたんだろうか、そう思って周りを見渡すけど
虫一匹いやしない。(Gがいなくてよかった…)
ベッドからストンと降りて、ドアノブに手を伸ばした。
そっと開けたドアの先にいたのは
何故か赤い顔をしながら気まずそうな表情の赤也で。
「ど、どうしたの?何かいた?」
「…お前、何その格好。」
「へ?何って…部屋着だけど。」
「着替え中じゃねぇのかよ?」
「違うから!」
何?着替え中って勘違いしたからドア閉めたの?
そう言ってケラケラ笑うと赤也はハァ…と大きなため息をついた。(最近よくため息ついてるなぁ)
再び赤也はあたしの顔を見て、そっと視線を逸らす。
不自然なその態度を変に思いながらも赤也を手招きした。
「赤也、入りなよ。最近アンタ全然来ないんだもん。」
「…ああ。」
「元気ないね、何かあった?」
「……。」
スタスタと部屋に入っていく赤也は返事をせず、
ボフッと音を立ててベッドに座った。
赤也は何か考え込んでいるのか、何も言わない。
あたしはとりあえずCDを返そうと思い、曲を止めてCDを取り出す。
ケースに手を伸ばしながら何となく沈黙が気まずくて
笑い話になるようなネタを記憶の隅から引っ張り出して話し始めた。
「着替え中って言えばさー、去年だよね。赤也に思いっきり下着姿見られたの。」
「あれは事故だっつの。」
「まぁ見られたまでは許せるわけよ、あたしが未だに怒ってるのはその後のアンタの一言ね。」
「は?俺なんか言ったっけ?」
「言ったよ、『胸、ちっさ!』って!とりあえず殺意抱いたよね、あの時は。」
「……あの時はつい本音が。」
「黙れワカメ。…まぁだから別にアンタに着替え中のとこ見られても今更ってゆうか。
赤也もあたしのなんか見たって何も思わないしねー。」
ははは、と笑いながらCDをケースにしまって袋にそれを入れる。
はい、と笑って袋を差し出したのと赤也が口を開いたのは同時だった。
「…それは、ねぇよ。」
「え?」
「普通に今はめっちゃ意識してる。」
「……な、何言ってんの?」
猫のような大きなその瞳がじっとあたしを射抜いた。
ドキッ、と心臓が音を立て視線が逸らせなくて
あたしは赤也を見つめ返したまま立ち尽くす。
その独特な声色があたしの聴覚を刺激し、その言葉に眩暈すら覚えた。
「…はさ、俺のこと男として見てねぇんだろうけど、」
「…。」
「俺は、お前のことちゃんと女として見てるから。」
「……。」
何を言ってるんだろう、それしか頭に浮かばない。
この人は誰?
こんな赤也知らない。
こんな風にあたしを見つめる赤也を、あたしは知らない。
赤也の変化についていけなくて混乱するばかりだった。
何とかこの場をやり切るために止まりそうになる思考回路を必死に動かして、
何か言葉を紡ぎだそうと思った。
緊張、する。
だってこんな赤也見たことないし、
赤也の言っていることの意味があまりにも大きすぎて。
唐突すぎる大事件に理解能力が全く追いついてくれない。
震える唇で紡いだ言葉は情けないほどに掠れていたけど、
それを誤魔化すように笑うしかあたしには出来なかった。
「…何急に真剣な顔しちゃってんの?笑えないからやめてよー。」
「……。」
「冗談やめてよね、ホントに。びっくりするじゃん。」
「……。」
「ねぇ、ほら。CD早く持ってよ。」
「…冗談で、こんなこと言わねぇよ。」
「…赤、
CDケースが床に落ちて嫌な音を立てた。
掴まれた手首が、熱い。
重なった唇は、もっともっと熱い。
自分が赤也と何をしているのか、嫌でもすぐにわかって
必死に体を捩って逃げようとする。
「…やっ、赤也っ…!」
呼吸が苦しくて無理矢理唇を離すけど、今度は後頭部に手を回されて
再び赤也の方へと引き寄せられた。
乱暴に重ねられた唇と、歯がぶつかる音。
赤也に対して恐怖を覚える自分がいた。
もう、何が何だかわからなくて、涙が出てくる。
「――ッ!」
そのまま体が反転する感覚。
背中に感じたベッドの感触が、押し倒されたのだと本能的に理解させた。
ようやく唇を解放されて荒く呼吸を何度も繰り返す。
ぎゅうっ、とベッドに押し付けられた両手首の痛みに思わず顔を歪めて赤也を見た。
赤也はあたしの上に跨るようにして
未だ真剣な瞳であたしを見つめていた。
「…これでもお前は、冗談だって言うのかよ。」
「……っ。」
「男として、意識出来ない?」
「……。」
ねぇ、だってあたし達幼馴染みでしょ?
恋愛感情なんてそんなのないんじゃなかったの?
今更、お互いを異性として意識するなんてこと有り得ないんじゃなかったの?
そんな言葉が浮かぶのに口に出てきてくれない。
ただただうるさい心拍音と
唐突すぎる現実に目の前がぐらぐら揺れていた。
「…俺は、お前のこともうただの幼馴染みなんて思ってねぇから。
だから簡単に部屋に行けなくなったし、今日だって行くのすげぇ悩んだんだぜ。」
「…え…」
「そしたらこんな格好でいるし。誘ってんの?」
「さ、さささ誘ってない!」
「こういうのがあるからお前の部屋に行けなくなった。
お前マジで鈍感だし自分から俺の気持ちに気付いてくれるわけねぇし。」
「……。」
「でももう、我慢すんの疲れたんだよ。この際だからハッキリ言っとく。」
本当に、自分勝手なヤツだと思う。
急に真面目にとんでもないこと抜かして、
無理矢理キスしてきて、
挙句の果てに押し倒してきて。
「俺はお前が好きだから、次こんな格好してたらマジで何するかわかんねぇから。」
そんでもって超自己中な告白ときた。
14年間築き上げてきた幼馴染みという関係が崩れていくこの瞬間を、
神様は一体どんな気持ちで見ているんだろう。
不思議と、悲しくはなかった。
客観的に意識しているということもあるんだろうけど、
悲しさよりもキスをされたり告白されたりでひたすらドキドキしていたから。
赤也があたしの上からどいたことでギシリ、とベッドが音を立てた。
赤也は落ちていたCDを拾うとそのまま振り返らずにドアへ向かい
ガチャリとそれを開けて出て行こうとする。
あたしはガバッと起き上がって、未だに熱の引かない顔のまま
赤也に向かって叫んでやった。
「…ッ、このっ、スケベやろー!」
今時スケベとか言うのかよ、と眉毛をハの字にしながら赤也は笑い
そのままドアの向こうへと消えた。
赤也が家を出て行く音を聞いた瞬間、プツンと切れた緊張の糸。
バクバクバクと有り得ないくらい速まる鼓動と、
いつまでも引かない上昇した体温。
口元に手を当てて赤也のあの真剣な瞳を思い出す。
嫌でも意識せざるを得なくなってしまった、ただの幼馴染みのことを。
何とも思っていなかったはずなのに、
赤也はそうじゃなかった。
あの瞬間、赤也はあたしの知ってる赤也じゃなかった。
「…赤、也…」
どうしてこんなに心臓がうるさいんだろう。
どうしてこんなに体が熱いんだろう。
どうして、赤也の顔が頭から離れないんだろう。
明日から一体どんな顔して会えばいいのよ、なんて
必死に心の中で問いかけてみても自分勝手なあの男は答えてはくれない。
End
MIDI By : VAGRANCY
------------------------------------
Thank you for 150000 hits over !!
For 憂 From 【smile×smile】
2008.7.22
お待たせしてすみませんでした!
幼馴染みのことを急に意識しだしちゃうお話が書きたかったのですが、
赤也がただの自己中男になってしまいました…。
でも、書いていて楽しかったです!
企画参加ありがとうございました!