「ちょっと、。」

「何?」

「雅くん、関東大会決勝で負けちゃったって話聞いた?」

「………へ?」

「今日雅くんママと家の前で会ってね、
 一昨日の決勝で東京の青学ってとこに負けたって言ってたのよ。」

「…立海(うち)が?」

「そうよー、雅くんレギュラーだったんでしょ?落ち込んでないかしら。」

「……。」



夕飯を食べる手が、無意識に止まる。
呆然としているあたしの顔を見て、お母さんは「それにしても本人から何も聞いてないのね。」と
何故だか少し寂しそうに呟いた。


負けた?
どこが?何をして?
立海が?テニスで?
雅治がいるのに?絶対全国まで無敗だって学校も騒いでたのに?
どうして?何で?
何で立海が…負けたの?


ぐるぐる、ぐるぐる。
受け止めきれない現実に混乱して何も言わないあたしに、
洗い物をしながらこっちに背を向けたままお母さんは言った。



「アンタ達最近、本当に顔合わせてないのね。どうして?」

「…ど、うしてって…別に。」

「仲悪くなっちゃったの?」

「そういうわけじゃないけど…学校あった時も別に話したりしなかったし。」

「…そうなの。」



ザー…ザー…カチャン。

水の音とお皿を置く音。
お母さんの背中を見つめてから、あたしは再び夕飯を口に運んだ。



中1に上がる前の春休み、隣りの家にある家族が引っ越してきた。
それが、雅治たちの家族だった。
あたしと雅治は同い年ということもあり、
4月から立海に2人共通うからって共通点が手伝って
仲良くなるのにそんなに時間は掛からなかった。
あの飄々としたところとか掴みどころがないところは今もあの頃も変わってないと思うけど。

1年生の頃は、雅治はまだレギュラーじゃなかったし一緒に登下校をしたりしてた。



(…いつからだろう…)



いつからか、雅治と朝学校に行かなくなった。
いつからか、雅治と一緒に帰らなくなった。
いつからか…話すこともほとんどなくなった。

気付いたら雅治は『テニス』に夢中で、あたしは1人ぼっちになった。

あの頃は雅治のことで知らないことなんて何一つなかったけど
今は雅治のこと、何にも知らない。
夏休みに入ってから一度も顔を合わせてないし、
学校があった時だってクラスも違うしたまにすれ違っても
一言交わすか、交わさないかだった。



…多分こんなことを気にしてるのはあたしだけで
雅治にとってはあたしなんて興味の対象にすらなっていないだろうけど。



「…ごちそうさま。」



お箸をそっと置いて、リビングを後にした。
「ちょっとアンタ自分の食器くらい片しなさいよー」というお母さんの言葉も
この時ばかりは返事する気になれなくて、無視した。

階段をトン、トン、と少し重い足取りで上りきり
そのままあたしは自分の部屋に入り、ベッドに飛び込む。
ぼふっと情けない音を立てたベッドに寝そべりクッションに顔を埋めた。



(…今更、あたしが何をしたって変わらないし…、)






「そうよー、雅くんレギュラーだったんでしょ?落ち込んでないかしら。」






雅治が落ち込むなんて柄じゃないのはわかってる。
…わかってる、けど。
何でなんだろう、雅治のことが心配でたまらない。
落ち込んでるとは思わないけど雅治は表に感情を出すのが苦手だから…。



(迷惑…だよね。)



負けたってこと、直接教えてもらってないのに。
最近顔も合わせてないくらい疎遠なのに。
そんなあたしに慰められたって雅治にとってはうざいだけだよね。



(……。)



―でも。
放っておけない。



あたしは机の上に置きっぱなしだったケータイに手を伸ばし
久しぶりに開く雅治のアドレスに、メールを作成する。
送信ボタンを押す指が小さく震えたけど意を決してそのままメールを送った。


送信完了画面を確認して、そのままパチンとケータイを閉じると
あたしは部屋を後にして階段を降りた。






「お母さん、ちょっと雅治ん家行ってくる!」

「えー?いいけど、珍しいじゃない。」

「いってきまーす。」






『今からそっち行くね。』






**






インターホンを押して待つこと数秒。
ガチャ、と音を立てて開いたドアの向こうから顔を出したのは部屋着姿の雅治で。

雅治は開いたまま手に持っていたケータイを閉じてそのままスウェットのポケットにしまった。



「…よ。」

「…何じゃ。今メール見たぜよ。」

「うん、ごめんねいきなり来て。」

「…別にええけど。上がりんしゃい。」

「うん、お邪魔します。」



雅治に促されて家の中に上がった。
久しぶりに吸う雅治の家の空気にやけに懐かしさが込み上げてきて、
一瞬立ち止まってしまう。



「なん?」

「いや…別に。何か久しぶりだから緊張しちゃって。」

「まぁな、ここ1年くらい来とらんじゃろ。」

「…うん、そうだね。」



言われてみれば確かにそのくらい雅治の家にはお邪魔してないな、なんて
改めてどれだけ自分が最近疎遠になっていたのかを考える。
促されるまま2階へ上がり、久しぶりに雅治の部屋に足を踏み込んだ。



「相変わらず何にもない部屋だね。」

「シンプルって言ってくれんか?」

「殺風景って方がしっくりくるでしょ。」



ふふっと小さく笑って、あたしは雅治のベッドに腰掛けた。
ギシリと沈んだベッドのスプリング、
見渡した部屋に広がる光景、
だいぶ前にここに来たときとほとんど変わっていない状態でそこにあった。

雅治は後ろ手でドアをパタンと閉めると、
ポケットからケータイを出して棚の上に無造作に置くと小声で言った。



「…で?」

「え?」

「…何か俺に用事があったから来たんじゃろ?どうした?」

「…あ、うん。」



ここにきて、何をどう話そうかと頭の中で思案する。

思いつきでここに来てしまったけど、やっぱりあたしの余計なお節介なだけで
あたしが何を言ったって雅治にとってはうざいだけかもしれない。
慰めなんてこれっぽっちも必要ないのかもしれない。
…あたしなんかの言葉よりも、他に優しい言葉をかけてくれる女の子が
雅治にはもしかしたらいるのかもしれない。

――ああ、ホントあたしってダメだな。
本人を目の前にしたら自分の力なんて必要ないって、そんなことばかり考えてしまう。
これじゃ何のためにここに意を決して来たのかわからない。

訪れる沈黙に耐えかねて自分の爪先に視線を落とした。
雅治はあたしが口を開くまで何も言う気はないのか、
ただじっとあたしのことを見つめて黙っている。
その突き刺さるような視線が、酷く息苦しかった。






「…あのさ、」

「ん。」

「…………やっぱ、何でもない。」

「…は?」

「ごめん、やっぱ帰るね。」






あたしはそう言って、雅治から目を逸らしてベッドから立ち上がると
スタスタと横を通り過ぎてドアへと向かう。

やっぱりやめとこう。
今更あたしみたいなどうでもいい人間に色々安っぽい言葉を言われたって
雅治はきっとうざがるだけだ。そんなのあたしだって嫌だし。

ちょっと気になったから顔を見に来ただけってことにして、
あたしは決勝の結果は何も知らなかったってことにしよう。



雅治に背を向けたまま、ドアを少しだけ開けた。
それと同時に後ろから伸びてきた手に開きかけたドアは
意図も簡単に再び閉ざされてしまったのだけど。

バタン、と音を立ててドアが閉まったことに驚いて
後ろから腕を伸ばしてあたしの逃げ場を無くした張本人の方を振り返る。



「な、にっ…」

「何でもないことないじゃろ。」

「……。」

「誤魔化さんで、ちゃんと言いんしゃい。」

「……。」

「…?」



本当に言ってしまっていいのだろうか?
雅治はうざいと思わない?
ただのお節介だって厄介に思わない?

もし、拒絶されたらあたしはどうしたらいいのかわからない。

雅治はあたしの横についていた手をどかすと、
ゆっくりとその銀色の綺麗な髪をかき上げる。
その琥珀色の瞳と視線が交わって、あたしはようやくそっと口を開いた。






「…あのね、お母さんから聞いたんだけど…」

「…ん。」

「立海が、青学に決勝で負けたって。」

「…ああ…。」

「…で、ちょっと雅治のことが気になったから…。」






そこまで言ってチラッと雅治の顔色を窺うと
ただ無表情であたしのことを見つめているだけで。


(ああ、やっぱり余計なお世話だったのかな)


そう思ったら、どれだけ自分が雅治にとって小さな存在なのかと
何だか惨めになってきて合わせていた視線を足元に落としてしまった。



「…ごめん、ただのお節介だよねこれじゃ。慰めなんてうざいだけだもんね。」

「……。」

「雅治があたしに直接そのことを言ってくれなかったのは、
 あたしが余計なこと言わないためだったんだよね。
 …なのに結局家に押しかけたりして…迷惑かけてごめん。」

「……。」



消え入りそうなこの声は雅治に届いているはずなのに
当の本人からは返事がなくて、あたしはそこまで言って口を噤んだ。


やめよう。
これ以上言って雅治にうざがられたくない。


そう思ってあたしは、ドアノブに手を伸ばした。






「…それだけだから。もう帰るね。」

「…迷惑じゃなか。」

「え…?」

「迷惑なんて、思っとらんよ。」

「……。」






そう、雅治はハッキリとした口調で言うとこっちへ一歩歩み寄ってきた。
その顔を見上げながらドアノブに掛けたままだったあたしの手が、そっと雅治に掴まれる。

更に近付いた互いの距離に、心臓がうるさく音を立てた。



「…っ、いいよ、そんな嘘言わなくても。」

「嘘なわけないじゃろ。」

「だって…、だってあたしなんかに色々言われたって、うざいだけでしょ?」

「うざくなんかない。お節介だとも思わん。」

「…じゃあ、何であたしに直接言ってくれなかったの?
 もっと早く、雅治の口から聞きたかったよ。あたし気の利いたことなんて言えないけど、
 それでも雅治の話聞いてあげることくらいすぐに出来たよ?」

「…それは、」






雅治はそこまで言って一瞬言葉を止めた。
だけど再びそっと口を開いて、あたしをじっと見つめ返す。






「…お前さんに、関係ないって、言われるかと思ったから。」

「え?」

「別に俺が負けたって関係ない、そう言われると思っとった。」

「…な、んで…言わないよ、そんなことっ。どうして?」

「避けられてると思っちょったんよ、に。学校でもまともに会話もせんし。」

「…それは、雅治だってあたしのことまともに見てもくれなかったから…!」






いつから、だっただろう。
雅治と朝、学校に一緒に行かなくなり、一緒に帰ることもなくなって、
まともに会話をすることもなくなってた。

…いつから、お互い距離を感じてたんだろう。

何故か目頭が熱くなって咽頭が熱くなる。
至近距離で交わる視線をお互い逸らさない中、
あたしの手首を握ったままの雅治の手に少しだけ力が加わった。






「…なぁ、いつから俺らまともに話もせんようになったんじゃろうな。」

「……それ、あたしもよく考えてた。前のあたし達だったら勝ったとか負けたとか
 すぐに話してたのにね。いつのまにか普通の会話もしなくなっちゃって。」

「…俺は別に、お前さんのこと避けてたつもりないぜよ。」

「あたしだってないよ。…ただ、やっぱり昔みたいにはいられないってことなんだと思う。
 時間が経てば嫌でも変わっていっちゃうものなんだよ。」

「…それは、どういう意味で?」

「え?」

「俺の傍には、やっぱりいられんっちゅう意味でか?」






――あたし達の関係って、一体何なんだろうって前から考えてた。






幼馴染みというには一緒にいる時間は短いし、
友達と言うには互いのことをたくさん知りすぎてる。
だからといって恋人なんてそんなものではなくて、
近いようで遠い…そんな関係。

曖昧なこの関係が、時には凄くもどかしくて。

『好き』と伝えるには近すぎる。
だけど雅治に恋心を抱かないなんて無理だった。

どうしてあたし達、こんな曖昧な関係なんだろう。






掴まれたままだった手首を思いっきり引き寄せられて、気付けば雅治に抱きしめられていた。






「っ、ちょ…っ。」

「…は、それでいいのかもしれんけど俺は…、俺は嫌じゃ。」

「ま、雅治…?」

「…今から俺が言うことよーく聞きんしゃい。一度しか言わん。」

「……。」






この曖昧な関係から踏み出すにはどちらかが踏ん切りをつけなきゃいけない。
それは頭のどこかでわかっていた気がする。









「好いとうよ。」









これは何かの夢かもしれない、
雅治の腕の中で涙を零しながらそう思った。






「…バカッ…何で今更言うの…、遅いよっ。」

「…俺の一生に一度の告白をそうやって無下にするんか、お前さんは。」

「べ、別にそんなつもりじゃないけどっ…!…どんだけあたしが不安に思ってたか、って話。」

「それを言うなら今の俺はどうなるんじゃ。OKなのかフラれるのか中途半端な状態で。」

「急に抱きしめといてよく言うよっ…。」






あたしが泣きながら声を震わせてそう言うと、耳元で雅治がクスッと笑うのがわかった。


あたしは少しだけ間をおいて、ゆっくりと言葉を口にした。






「雅治、1回しか言わないからよく聞いて。」

「……。」

「…あたしも雅治のことが、好き。」

「…言うの、遅いぜよ。」






ニヤリ、と得意の笑みを浮かべて雅治はあたしに顔を近づける。
その行動の意味を理解した途端、
あたしは慌てて雅治の口元を手で抑えた。

思わず頬に熱が集まる。






「…なに、」

「あ、あのっ、1つだけ約束してくれない?」

「?」

「…関東は負けちゃったけど、全国で勝ったときは…あたしに1番に教えてね。」






そう言うと、雅治はまた笑って「もちろん。」と言い
自分の口を抑えていたあたしの手を意図も簡単に掴むと、
抱き寄せるようにして唇を重ねてきた。



もう、不安に思うことなんて何一つない。






この関係に

名前をつけるとするならば




MIDI : Amor Kana

------------------------------------
Thank you for 150000 hits !!
For 宵華 From 【smile×smile】
2008.8.2

遅くなってすみません!
仁王が似非っぽい感じで申し訳ないです…
途中までシリアスを意識してみましたがどうだったでしょうか?
企画参加ありがとうございました!