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ほんの些細なことが原因のケンカ。 お互い意地張って、引くに引けなくなって、とっさにあたしが取った行動といえば 暖かい家を飛び出して寒い夜空の下へと逃げ出したことだ。 「…さむ…」 …あたしが、ちゃんと若の話を聞けば良かった? だけど…あんなの…、 若が今更何を言ったって全部言いわけにしか聞こえない。 小さく肩を震わせて、どんどん冷えていく指先を温める為にポケットの中へと手を突っ込んだ。 少しだけ、少しだけ期待して後ろを振り返ってみたけれど薄暗い街頭に照らされているだけの道には、 あたしが思い描いていた彼の姿は見当たらなかった。 ゆっくりと、力ない足取りで進む暗い夜道は 酷く―――寂しかった。 若と付き合い始めて2年。 一緒に住み始めて半年の今日。 久しぶりのオフ。 せっかくの記念日なのに若は仕事が入っているとかで、結局あたしは昼間ずっと暇を持て余すハメに。 きっと、若は記念日だなんて覚えていないんだろうな… それは残念だったけど彼の性格上そんなの安易に想像できたことだったし、今更って感じで。 あたしは1人で家でボーッとしてるのはもったいない、そう思って都合のつく友達を誘い 一緒に街で買い物をすることにした。 他愛もない会話をしながら欲しいものを買って、ついでに今日は少し夕飯を豪華にしようか… そんなことを考えながら友達と話を盛り上げていた時だった。 笑顔を浮かべていた友達が、ふとその笑顔を消して一点をじっと見つめ始める。 その行動を不思議に思いその視線の先に目を向けたあたしが見たのは、 (…え…?) 若と… 知らない女の人の姿。 「…アレって…日吉くん?」 「…、うん。」 「隣りの人誰?知り合い?」 「し、知らない。」 「え…」 首を横に振って返事をすると友達は戸惑ったような顔をする。 あたしはあたしでただただ混乱するばかりで。 (誰…誰なの、その人) そんな言葉がグルグル頭の中を回ってる。見つめる先にいる2人を見つめながら、 あたしはどうしたらいいかわからずに立ち尽くすだけだった。 「ど、どうするの。」 「…ど、うするって言ったって…どうしたら…」 「あっ、ちょ、見失っちゃう!」 人ごみの中に消えていく2人。 やがてその姿はその中へと溶け込み、結局2人の姿を見失ってしまった。 だけどあたしは未だに頭が展開についていかない。 初めてだった、こんなこと。 あの、若が、あたし以外の女の人と歩いてるなんて。 黙り込んだあたしを友達は心配そうに見たあとフォローするように言った。 「も、もしかしたら仕事先の人かもしれないしっ、ね?」 「……。」 「帰ったらちゃんと日吉くんと話したほうが…いいんじゃない?」 「…うん、ごめん。そうするね…。」 友達の言葉に小さく頷くことしか出来ない。 不安に押しつぶされそうであたしはきゅっと唇を噛み締めて、 自分を落ち着けるように一度大きく息を吐いた。 ** 「…若?」 「何だ?」 「今日さ、…あの…っ…」 「?」 帰ってきた若は着替えを終えるとリビングにやって来た。 最初はあたしも平静を装っていたものの、 やっぱり今日見たあのことが気になって仕方なくて。 意を決して若を呼んで、視線と視線がぶつかった瞬間何故か居た堪れなくなって すぐに目を逸らしてしまった。 どもるあたしを若は不思議そうに見つめていた。 ぎゅっと握り締めた拳が小刻みに震える。 「今日…、今日…」 「今日?」 「…今日、昼間一緒にいた女の人、誰…?」 「――。」 …暫しの沈黙。 カチ、カチ、カチ… 無機質な時計の秒針の音が静まり返ったリビングに響く。 ぶつかっていた視線を先に逸らしたのは今度はあたしではなく若で、 普段見ない慌てた様子の若を見ていよいよ不安があたしの心を侵食していった。 「…いつ、見た?」 「え…大通りの交差点のところだけど。」 「…そうか。」 「…仕事先の人だよね、あの人?」 そうだよね? と付け足すように問いかけてみると、若は一瞬動きを止める。 あたしから目を逸らしたまま小さく頷いて「ああ。」というその様子は、 いつもの若と全然ちがくて…。 若は嘘がつけない人だって、あたしが1番よくわかってるはずだ。 「…ねぇ、何かあたしに言えないこと?」 「…そういうわけじゃない。」 「じゃあ何?何かやましいことでもあったの?」 「そんなわけないだろ。」 「…仕事先の人じゃないんでしょ、本当は。何で隠すの?」 「…それは…、」 煮え切らないその態度。 どんどん不安が大きくなってく。 あの人は誰? 仕事先の人じゃないのに、何で一緒にいたの? 何をあたしに隠してるの? いつもなら気にならない秒針の音が 今日はやけに耳について、頭から離れない。 「隠し事しないでよ。何であたしに言えないの?」 「…お前には、まだ言えない。」 「っ、何よそれ。じゃあ時間が経てば言えるってこと?あの人と何があったのかを?」 「……。」 「…次に若がこの話をするときは、別れ話とかそういうオチ?」 「!なっ、違う!」 「じゃあ何よ!あんな仲良さそうに歩いてるの見たらそれしか考えられないでしょ!?」 ―ダメだ。 これ以上言ったらダメだ。 目頭が熱くなって涙が込み上げてくる。 今までケンカなんてたくさんしてきたけど、こんなに不安だったことは1度もない。 若と別れなきゃならないんじゃないかって、そんなことばっかり考えて しまいには本人にそれを言ってしまってたら冗談じゃ済まなくなる。 「…とにかくお前にはまだ言えない。悪いがそれしか言えない。」 「――いいよ、もう。聞きたくない。」 「……?」 涙を乱暴に拭ってあたしはリビングを出て行く。 玄関へ行って適当に靴に足を突っ込むと、勢いよく玄関のドアを開けた。 「!?」 「ついてこないで!!」 それだけ叫ぶように言い残し、あたしは家を飛び出した。 ** 暫く歩いて、あたしは公園に辿り着いた。 相変わらず体が小刻みに震える寒さがあたしの体温を奪っていくけど、 勢いで飛び出してきたからホットココアを買うお金もない。 ベンチに腰掛けてせめて上着だけでも着てくればよかった、 なんて後悔しながらゆっくりと空を見上げる。 冬は空気が澄んでいて空がとても綺麗だ。 キラキラ輝く星は、手を伸ばせば届きそう…―なんて、 そんな乙女チックなことを考えている余裕は今のあたしにはあまりない。 「…はぁ…。」 さっきから出るのはため息ばかりで、やるせなさがあたしを支配する。 ベンチの背もたれに頭を預けて夜空を見つめながら 記憶に甦るのは昼間見た若と女の人。 (…仲、良さそうだったなぁ…) 思い出すと、胸がぎゅっと締め付けられて苦しい。 じわりと涙が浮かんで視界を歪ませていくから あたしは右手で目元を覆ってそれ以上涙が零れないようにぎゅっと堪えた。 どうしてこんなことになっちゃったのかな? 絶対若は、あたしのこと心の狭い女だって思ったよね。 …嫌われちゃったかなぁ。 どうしよう、このまま本当に別れ話されたらあたし立ち直れないかも。 考えれば考えるほど自己嫌悪。 涙を堪えるはずが余計にあふれ出して、結局頬を伝っていく感覚がした。 (…何でケンカなんかしたんだろ。ホント…やだ…。) 若の顔が浮かんで、どうしようもなく寂しくて。 「若ぃ…。」 「何だ?」 え。 思わず口に出た若の名前。 間髪入れずに聞こえた返事にあたしは飛び上がった。 「なっ!?え、若っ!?何で!?」 「…はぁ…ったく、こんな時期にそんな格好で飛び出してくなんて。」 そう言ってあたしの隣りに腰掛ける若。 ほんの少し荒い息を見るとどうやら走ってきたらしい。 何?え?ていうか全く展開についていけないのですが…! 「えっ、ちょ!?アンタいつから!?」 「たった今来たところだ、バカ。」 バカって…! そう言い返したかったけど、無言で差し出された上着に目がいって 小さく「ありがとう。」と返事をすることを優先した。 差し出された上着を受け取って、 袖に腕を通そうとした瞬間。 「わ、かし…っ。」 肩に腕を回すようにして体ごと若の方へと引き寄せられ、 ハッとした瞬間にはそこは若の腕の中だった。 「…こんな時間に飛び出してくなんて、何考えてるんだよ。」 「……っ。」 「お前に、何かあってからじゃ遅いんだ。」 「…ごめ、ごめんね若…。」 耳元で聞こえる若の声。 鼻腔をくすぐる若の香り。 あたしを包み込む暖かい若の温もり。 引っ込んでいたはずの涙がまた視界を歪めて、 あたしは小さく鼻を啜った。 「…まぁお前の特技は『俺を心配させる』だからな。もう慣れた。」 「な、何よそれ。もうこんなことしないもん。」 「当たり前だ、ケンカのたんびに出て行かれたんじゃ心臓がいくつあっても足りない。」 「……。」 …若って確信犯なんだろうか。 いや、違うよね。絶対こういう殺し文句も素で言ってるんだ。 何か、そんなに心配してくれたんだって思ったら 不謹慎だけど凄く嬉しかった。 体を離してから、あたしたちは暫く何も言わなかった。 無言で上着の袖に腕を通してからそっと若を見たけど 何か考え込んでるみたいで、じっと自分の手元を見つめている。 まだ解決していないこともあるけど、 それは家に帰ってからでも出来ることだし これ以上若に寒い思いもさせたくない。 あたしはゆっくりとベンチから立ち上がり、若に言った。 「若、今日はごめんね。もう帰ろっか。」 「……。」 「…若?」 返事をしない若。 不思議に思って立ち尽くしていると、不意に若はあたしを呼んだ。 「…。」 「何?」 「ちょっと、こっちに座ってくれ。」 「え…うん?」 若は目配せでさっきまであたしが座っていた場所にもう一度座るように促す。 あたしは言われた通り再びベンチに腰掛けると、 隣りにいる若の方に体を向けた。 「何?どうしたの?」 「…本当はもうちょっと待つ予定だったんだけどな。」 「?」 「、目瞑れ。」 「…う、うん。」 「開けていいって言うまで開けるなよ。」 一体何のことか分からなかったけど言われるままに目を閉じた。 真っ暗な視界。 これから何が起きるのだろうという好奇心と、少しの不安。 ドキドキと心臓が脈打つ中、そっと若の手があたしの左手に触れる感触がして 思わずピクッと体が反応した。 (…え…?) 薬指に、違和感。 ひんやりと冷たいそれは絶対にあたしの勘違いなんかじゃない。 「…っ、若っ…」 「…まだ開けていいって言ってないだろ?」 「ごめっ、でも…!」 思わず目を開けたあたしを若は分かりきっていたとでも言うように、 穏やかに目を細めて見つめていた。 左手の薬指に輝く、ひとつのリング。 あたしの視界をもう1度歪ませるには充分すぎるほど、幸せが詰まったそれ。 「今日一緒にいたのは、兄貴の彼女だ。」 「…お、兄さんの彼女さん…?」 「お前は1度も会ったことがないから、知らなくても仕方ない。」 「じゃあ…今日一緒にいたのは…。」 「…指輪を選ぶために、付き合ってもらったんだ。」 「…さっき、ホントのこと教えてくれなかったのは?」 「本当はもう少し待つ予定だったんだ。場所も、家じゃ文句言われそうだしな。」 「い、言わないよっ。」 …あたしは何てバカなんだろう。 若は、こんなにあたしのこと想ってくれてたのに 1人で勘違いして、怒って、泣いて。 ―でも、もういいか。 こんなに幸せなんだもん。 「。」 「…はい。」 いつだって傍にあったこの幸せを、あたしは二度と見失ったりしないから。 「…結婚しよう。」 溢れ出す涙を拭って、とびっきりの笑顔で答えるよ。 「はいっ。あたしで良ければ、ずっとずっと一緒にいて下さい!」 ** 手を繋いで帰りながら、 あたしはうっとりと自分の左薬指の婚約指輪を眺めていた。 「ねーね、若っ。」 「?」 こちらを見た若に向かって手の甲を向けて婚約指輪を見せながら、あたしはニコッと笑った。 「似合うっ?」 「……。」 顔を真っ赤にして、プイッとそっぽを向いてしまった旦那様は どうやらさっきの自分のプロポーズを思い出して照れているみたいだった。 MIDI : ONE's ------------------------------------ Thank you for 150000 hits !! For 莢 From 【smile×smile】 2008.6.12 遅くなってしまってごめんなさい! 日吉でプロポーズ夢、どうでしたでしょうか? こういう王道のお話を書くのはとても楽しかったです! 企画参加ありがとうございました。 |