「…先輩。」
「何?」
「…俺、先輩が好きッス。冗談なんかじゃなくて、本気で。」
そう、いつものヘラヘラした笑顔を消して真剣な眼差しで言った赤也は
この時一体どんな気持ちだったんだろう。
この関係を壊すのが嫌で、
いつだって赤也の真っ直ぐすぎる想いから目を逸らしていたあたしは
この時もいつもみたいに臆病者のどうしようもない奴だった。
「はいはい、もう聞き飽きたよその台詞。」
「……、ヘヘッ、でっすよねー俺しつこいっしょ?」
「ウケるね、自覚してるんだ?」
「まぁーはいっ。」
…ねぇ、あたしの見間違いなんかじゃなかったよね。
赤也、ずっと泣きそうな顔で笑ってたよね。
あたしの返事を聞いて本当はどんな気持ちだった?
赤也の気持ちは変わらないと思い込んでいたあたしのエゴ。
次の日も、その次の日も、赤也はいつもみたいにあたしに接してくれるって思ってた。
呆れるくらい、『好き』って言ってくれるって思ってたんだ。
赤也の真剣な気持ちから逃げていたあたしへの、天罰が下ったんでしょうか。
**
「なぁお前さー、」
「え?」
「赤也と何かあっただろぃ?」
「……。」
丸井の質問にあたしは頷くことも否定することもしなかった。
クラスメイト達の休み時間を思い思いに過ごす楽しそうな会話も、
廊下を歩く下級生や同学年の笑い声も、今のあたしには何もかも疎ましい。
廊下側の1番後ろのこの席は何となく孤立感があっていつも寂しかったけど、
ドアを閉めてクラスメイト達の声に耳を傾けなければ
今のあたしには何とも好都合な孤独な席だった。
自席に座ったまま返事をしないあたしの前に立ち、
ガムを膨らませながら丸井はあたしが何か言うまで居座る気のようだった。
「…別に?」
「誤魔化すなって、何かあったんだろぃ?
3日前から赤也の様子がおかしいと思ってたら、も何か変だし。」
「……。」
「第一、ヒマさえあればここに来てたアイツがパッタリ来なくなったのもおかしいよな。
赤也に聞いても『何もない』の一点張りだし、こうなったらに直接聞くしかねぇと思って。」
「……。」
「関係ないって言われりゃそれまでだけど、実際アイツ部活に影響出過ぎてて
こっちとしても困ってんだわ。原因はに決まってるってレギュラー全員の合致な。」
「……。」
いつも、休み時間になると教室の後ろのドアからひょっこり現れて
「先輩、また来ちゃいました!」って無邪気に笑う赤也。
あたしが1番後ろのこの席になってから、
中に入った時にジロジロ見られなくて済むって喜んでいた。
最初は、丸井や仁王に用事があってこのクラスに来ていたはずなのに
2人には話しかけずにあたしとだけ会話をして自分のクラスへ戻っていくことも少なくなかった。
あたしと赤也の接点はそれだけ。
去年から丸井と仁王とクラスメイトのあたしに、
1年の頃クラスに来ていた赤也が話しかけてきたのがキッカケだった。
赤也が休み時間になるとこのクラスに来て、
他愛もない話をして、
そして休み時間が終われば教室に戻っていく。
そんな関係が、かれこれ1年近く続いていたんだ。
赤也はすぐに「好き」って言うのが口癖だった。
その言葉が最初は冗談なのか、本気なのかわからなくて戸惑ったこともあったけど
あまりにも真っ直ぐすぎる赤也の気持ちは痛いほどあたしに伝わってた。
真っ直ぐすぎて、
あたしには眩しすぎて、
目を逸らしてた。
何もかも違いすぎた、あたしと赤也では。
何の取り柄もないあたしと人気者でテニスという道がある赤也。
いつだって真っ直ぐで、正直で、キラキラしてる赤也と一緒にいると
何だか自分がちっぽけで情けなく思えてしまった。
赤也のことを知れば知るほど、自分が惨めになっていくみたいで。
「好き」って言ってくれる赤也に壁を作って
これ以上自分の気持ちが揺るがないように必死になってるあたしがいた。
好きになっちゃいけない
赤也を好きになったら自分が惨めになる
赤也にはあたしなんかよりもっと似合う女の子がいるはずなんだ
そう自分を守るように言い聞かせて
赤也の気持ちにずっと応えないまま、曖昧な態度でいた。
――あたしは、自分のことしか考えてなかった。
「…?」
「…ごめ、ん…そのうち、何があったか話すから…、」
「……。」
「今は、ほっといて…。」
「…ん、わかった。何かごめんな。」
丸井の言葉に顔を小さく横に振った。
丸井の気配が傍から消えたのを確かめてから
込み上げる涙を隠すように机に突っ伏した。
「先輩!」
待ちに待ったその声が聞こえた気がしてハッと顔を上げた。
すぐにドアの方を振り向いてみたけれど、ドアは閉まったままの状態で
勿論そこに思い描いていた彼の姿はなく。
襲い掛かる虚しさと孤独感に、目の前がグラリと揺れた。
**
あの日は、たまたま委員会で帰りが遅くなった日で
最終下校時刻ギリギリに校門へ向かったあたしを待っていたのは、
部活で疲れているはずの赤也だった。
「先輩!」
「…赤也?」
「すんません、ちょっと先輩に用事があったんで勝手に待ってました!」
そう言って赤也はいつもみたいにヘラリと笑ってみせた。
あたしは立ち止まっている赤也の傍に歩み寄って
その顔を見上げながら小さく首を傾げた。
「珍しいね、わざわざ帰りに用事なんて。別に明日でもいいじゃん。」
「いや、明日じゃダメなんスよ。俺的に!」
「…ふぅん?ま、いいけど。赤也、途中まであたしと道一緒なんだよね?」
「そーっす、俺セブンとこで左なんで。」
「そうなんだ、あたしそこ真っ直ぐだからね。とりあえず帰ろっか。」
「ウィッス。」
あの時の赤也の言葉を、あたしは理解出来なかった。
だけど今なら分かる。
何故、明日ではダメだと言い張ったのかを。
一体、何を決意していたのかを。
笑いながら本当は何を思っていたのか、今ならわかる。
いつもヘラヘラしながらあたしを「好き」だと言う赤也は、
あの時、あの場所にはどこにも存在しなかった。
だけどあたしは、いつも通りだと思いこんで(いや、自分に言い聞かせていただけかもしれない)、
赤也を傷つけた。
他愛もない会話をしながら帰っていると、
もうすぐあたし達の分かれ道が近付いていた。
一歩一歩進む度に何故かお互い口数が減って、セブンの前で立ち止まったときには
既にお互い何も言わない無言状態になっていた。
赤也は左。
あたしはこの道を真っ直ぐ。
その場に突っ立っているわけにもいかず、
あたしはそっと手を上げて一歩歩みだした。
赤也はそんなあたしを見つめながら、何か言いたげな目をしていた。
「…じゃ、また明日…
「あのっ!」
歩き出そうとして、呼び止められる。
もう一度立ち止まって振り向くと真剣なその瞳に心臓を射抜かれるような錯覚がした。
一瞬息を呑んで、瞬きを何度か繰り返してから
ゆっくりと問いかけるように口を開いた。
「…ど、うしたの?」
「…先輩。」
「何?」
「…俺、先輩が好きッス。冗談なんかじゃなくて、本気で。」
心臓が止まってしまうんじゃないかと思った。
見たこともないくらい、真剣な表情。
真っ直ぐあたしを見つめるその大きな瞳は、
いつものふざけた雰囲気を忘れさせるほど…酷く真面目で。
受け止められなかった。
これが赤也からの本気の“サイン”であると気付いていながら、
内心戸惑いながらいつもと変わらぬ態度を取ってしまった。
自分が惨めになりたくない。
赤也とあたしじゃ釣り合わない。
好きになったわけじゃない、好きになったら自分が傷つく。
そんな臆病者の逃げるための口実が頭の中を駆け回り、
結局赤也の気持ちに対してあたしが取った態度は、自己防衛以外の何ものでもない。
自分が傷つきたくないから、
あたしを好きだと言ってくれた赤也の気持ちを踏みにじった。
最低だ、あたしは。
本当に大切なものが見えていなくて、いつも逃げてばっかり。
「はいはい、もう聞き飽きたよその台詞。」
「……、ヘヘッ、でっすよねー俺しつこいっしょ?」
「ウケるね、自覚してるんだ?」
「まぁーはいっ。」
…思い出すと、胸が苦しくなる。
赤也のあの、辛そうなぎこちない笑顔が今でも頭から離れないんだ。
…あたしは立ち止まった。
校門へと向かって歩く道、一緒に帰っていた友達が不思議そうにあたしの顔を覗きこんでくる。
「?どしたの?」
「…ねぇ、ごめん。」
「え、何が?」
「先帰ってて!」
「ちょっ、!?」
いつもそうだ、あたしは。
臆病者で弱虫で自分のことばっかりで、赤也の気持ちを考えないで。
自分で失ってから、どれだけ大切だったのか気付いて
傷つけてしまったことに自己嫌悪して。
これじゃダメなんだ。
こんなに赤也のことを大切に思っていたのに、
このままでいいはずなんかない。
認めたら自分が傷つくと思ってた。
だけど本当は、自分の気持ちを認めることよりも
赤也があたしから離れていってしまうことの方が何倍も悲しい。
何があっても赤也の気持ちは変わらないなんてあたしのエゴだった。
今ならまだ間に合うかもしれない、
まだ、あの笑顔を失わなくて済むかもしれない。
あたしは走った、テニスコートへ。
苦しくて苦しくて何度も立ち止まりそうになったけど
それでも無理に脚を動かして走り続けた。
コートが見えてきて、部活が終わったのかたくさんのテニス部員が帰っていく中をすり抜けて
まだ赤也がいることを願って走り続ける。
コートの中にまだ残っているレギュラー陣の姿が目に飛び込んできた瞬間、
あたしは大きく息を吸い込んだ。
「――赤也っ!!!」
ガシャンッ、とコートの周りを囲うフェンスを掴み
その背中に向かって声を上げる。
丸井や、他のレギュラーが見ている中
その背中はゆっくりとこちらを振り返り、やがて3日ぶりに見たその顔がこちらに見えた瞬間、
あたしは力なくその場にしゃがみ込んだ。
「…先輩?」
「っ、赤也…」
「ど、どうしたんスかっ?」
たった3日会わなかっただけなのに、どうしてこんなに懐かしく感じるんだろう。
今まで聞き飽きるほど聞いていたその声や
毎日飽きるくらい見ていたその顔を
たった3日傍に感じなかっただけでこんなに泣きたくなるなんて。
…あたしってこんなに赤也が好きだったんだっけ…?
涙と一緒に込み上げる愛しさが、呼吸を詰まらせる。
どうしてもっと自分の気持ちに正直にならなかったのか、
本当に後悔してもしきれない。
慌てながらコートを飛び出してきた赤也が
しゃがみ込んだあたしの前に歩み寄ってくる。
その顔をゆっくりと見上げたあたしの頬を、一筋の涙が伝った。
「な、に泣いてんスか。」
「…赤也、ごめんね…ごめん、ね。」
「……。」
赤也はあたしが謝ると、きゅっ、と口を噤んだ。
瞳に浮かぶ色が一気に悲しみを帯びて
ふいっとあたしから顔を逸らすと小さな声で言った。
「…わかってるッス、先輩の気持ちは。」
「…え?」
「俺、こないだ告ったじゃないスか。アレで先輩が本気にしてくれなかったら、
もう完全に諦めようと思ってたんスよ。」
「…赤也…」
「だから、もう、泣かないで下さい。俺もう先輩のこと諦めますんで。」
「……」
「…先輩のこと見たら諦め切れなくなりそうだったから、会わねぇようにしてたのに
先輩からこっちに来られたら俺どうしたらいいかわかんないッスよ。」
そう言って赤也は、苦しそうな顔をしてその場にしゃがみ込んでしまった。
唇が震えた。
このままでは終わってしまう、そう考えたらまた呼吸が苦しくなって
涙がぽろぽろ零れて地面を濡らした。
「赤也…違うっ、やだ…。」
「…先輩…?」
「やだっ…あたしのこと嫌いにならないで…。」
「…き、嫌いになったわけじゃないッスよ。ただ、諦めるだけで…
「諦めるなんて言わないでよっ…」
「え…?」
あたし、凄く我が侭だ。
赤也の気持ちを踏みにじっておきながら
「諦めないで」なんて本当に最低なことを言ってるってわかってる。
でも、もしこれで嫌われたとしても伝えなきゃいけない。
本当のあたしの気持ちにこれ以上嘘はつけないから。
「ごめ、ね…我が侭でごめんね…、あたし弱虫だから赤也の気持ちから逃げてた。」
「……。」
「でもね、ホントはね、ずっと赤也のこと好きだった。ずっと前から好きだったんだよ。」
「……。」
「赤也が来なくなって本当に悲しかった。すっごく後悔したの。
…自分勝手だよね、今更こんなこと言うなんて。
無理だってわかってるけど、自分の気持ちにもう嘘つきたくなかったから。」
涙が止まらない。
気持ちがあふれ出して
「…好き」ともう一度呟くように口にしたのと
口元を覆っていた手をそっと赤也に掴まれたのは同時だった。
「…先輩。」
「な、に…?」
「それ、嘘じゃないッスよね?俺、信じてもいいんスよね?諦めなくていいんでしょ?」
その大きな掌にあたしの手はすっぽりと包み込まれて、
念を押すような言葉と比例して赤也の手の力がぎゅっと強まった。
真剣なその瞳が再びあたしの心臓を射抜く。
込み上げる涙を必死に堪えながらあたしは大きく頷いた。
「うんっ、うん。信じてくれるなら信じて欲しい。」
「…先輩、もう1回。」
「え…?」
「先輩の気持ち聞かせて。めちゃめちゃ嬉しかったから、もっかい聞きたい。」
そう、赤也は言って穏やかに目を細めた。
もう、自分の気持ちから逃げていたあたしはここにはいない。
嘘なんてつかずに真っ直ぐに赤也に気持ちを伝えることが出来る。
何度だって言える、赤也が望むなら、何度だって。
瞳を逸らさずに紡いだその言葉は、
今まで苦しかったものを全て洗い流すような、そんな透明さがあった。
「…赤也のことが、大好き、だよ。」
「…へへっ、俺も先輩のこと大好きッス!」
「わっ!?」
そのまま手を引っ張られて前にバランスを崩すと
赤也の胸の中に飛び込むようにして抱きしめられた。
「ちょ、赤也苦しい…っ」と胸を押し返すけどビクともしなくて、
諦めて大人しくなると赤也が耳元で「これ、夢じゃねぇよな…?」と言ったのが聞こえた。
「…夢じゃないよ。」
「…先輩、」
「……。」
ほんの少し体が離れて、
あたし達の間に距離が出来る。
その隙間を埋めるように再び赤也の顔が近付いてきて、
反射的に瞼を降ろした時―…。
あと、数センチ。
唇が重なりそうな気配がして心臓が尋常じゃないほど騒ぎ立てる中、
物凄く近くで怒号のような声がした。
「た、たたたっ、たるんどるぞ!赤也っ!」
「「!?」」
「おい真田!もうちょっとだったのに何邪魔してんだよっ!」
「…真田…本当に空気が読めない男だね。」
フェンス越しに突如現れたのは、テニス部レギュラー陣。
目を白黒させて呆然としているあたし達を他所に、
真田くんは顔を真っ赤にし、丸井や幸村くんの残念そうな声が聞こえてきた。
…わ、忘れてた。
ずっと他の皆がコートにいたのに全然見えてなかった…!
「コ、コートの傍で何て破廉恥なことをしようとしているのだ…!
何故幸村も注意せんのだ、こんなことが許されるわけないだろう!」
「何?『破廉恥なこと』って。俺にはわからないな…具体的に言ってみてくれないか?」
「むっ、具体的にだと…!?それは、その、アレだ!見ていたならわかるだろう!」
「え?わからないよ。」
「つーか真田もチューのひとつで騒ぎすぎだろぃ。こっからが面白かったのによ…。」
「なぁ?」と、フェンスの向こう側から丸井に同意を求められて
あたしは未だに硬直したままだった。
幸村くんにからかわれて顔を真っ赤にしながら怒っている真田くんや、
ニヤニヤと愉快そうに笑っている仁王に呆れ顔の桑原くんと柳生くん。
柳くんはずっとノートに何か書いている。
カシャン、と小さくフェンスが揺れて再び丸井に目を向ければ、
ニカッと効果音がつきそうなほどの笑顔で丸井が言った。
「2人共よかったな、晴れて恋人同士ってわけか。」
「…あ、ありがと…
「てゆうか先輩達、」
丸井の話を聞いていないのか、
立ち上がって暫く何も言わなかった赤也があたしの声を遮った。
恐る恐る見上げた赤也の顔。
その瞳は少しだけ赤く充血していた。
「いいとこだったのに邪魔しないでくれませんっ!?」
そんな赤也の怒った声が響き渡った、夕暮れのテニスコート。
皆は赤也が怒っているのに楽しそうに笑っていて
あたしもつられて笑うと赤也は盛大にため息をついて残念そうな表情を浮かべた。
だけどその表情は、どことなく優しくて
ほんの一瞬で引いた目の充血に内心ホッとした。
「先輩。」
「ん、何?」
「明日からまた先輩のクラス行くッス。」
「…うん、待ってる!」
明日からまた、1から2人で始めよう。
すべてが変わるよ、明日から
End
MIDI By : ONE's
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Thank you for 150000 hits over !!
For リー From 【smile×smile】
2008.6.17
遅くなってすみませんでした!
普段年上ヒロインはあまり書かないのですが、
個人的に書いていてとても楽しかったです!
企画参加ありがとうございました。