…どうして届かないんだろう。
どうして想いを伝えることすら許されないんだろう。
好きって気持ちは誰にも負けないのに。
――どうしようもなく、苦しい。
「―んじゃ、今日はここまでな。お前ら、テスト近ぇんだから放課後フラフラ遊んでんじゃねぇぞ?」
「はいはーい!学生時代真面目じゃなかったブン太にだけは言われたくないでーす!」
「そーだそーだ、ブン太俺らに言える立場じゃねぇっしょ!」
「ああっ?ふざけんな、俺は中学時代から大学までバリバリテニスやってて
超真面目だったってんだよ。高校じゃ見事全国制…
「ブン太その話何回目ー?いいから早く終わらせてよー。」
「超聞き飽きたよその話。早く帰りたいんですけど〜っ。」
「ホントお前ら生意気だな!つーか呼び捨てにすんな!丸井先生って呼べ!」
わーわー。
ぎゃーぎゃー。
生徒にからかわれながらもとても楽しそうに教壇に立つその人は
あたしのクラスの担任、丸井ブン太先生。
高3の4月。
新任教師としてやってきた丸井先生は
ついこないだまで大学生だったこともあり生徒と年も近いし
何よりとてもルックスが良くて、明るくて、面白くて、元気で
赴任してからまだ3ヶ月程度しか経っていないのに学校中の人気者だった。
わーわー騒いでいたブン太先生が「あ、そういや」をふと何か思い出したように呟くと
その視線が何故か突然こちらへ向いて、視線がぶつかった。
(え、な、何っ?)
あまりにもあたしの視線が熱烈すぎて気付かれたんだろうか、
一瞬そんなことを考えて思わず頬がカァッと熱くなる。
「っ。」
「…は、はいっ。」
「お前今日、現文の補習な。前回の分今回で挽回しねぇとやばいってわかってるよな?」
「…え、アハハハ…。ほ、補習?あたしだけ?」
「そーだよ、お前だけだ。―てなわけで、終わり!サヨーナラ!」
「(ほ、補習って…!嫌だー!)」
先生の挨拶でHRは終わり、皆席を立ってそれぞれ帰っていく。
ガヤガヤと騒がしい中、あたしは1人ポツンと椅子に座ったまま
あまりにも辛すぎる現実に大きなため息をついた。
「うふふ、どんまーい。頑張ってね。」
「…、うわーんやだやだー!何であたしだけぇ〜?」
「だってアンタ、前回現文で赤点取ってたじゃん。
あんな簡単な現文で赤点取ったのって学年でアンタだけなんでしょ?」
「そ、うだけどさ…!」
前回のテストで現文というあまり赤点と取ることの少ない教科で赤点を見事取ってしまった理由は、
他でもないブン太先生が原因なんだけど。
毎回授業の度に先生を目で追うのに必死でまともにノートも書けなかったし、
先生の声自体は耳に入っていても授業の内容は頭に入ってなかった。
それもこれもブン太先生がカッコイイのが悪いんだよ…!
…なんてまさか言える筈もなく。
「…はぁ〜…。」
「ねぇ、でもまだ希望捨てないほうがいいよ。
補習ってことは、ブン太が直々にマンツーマンで教えてくれるってことじゃない?」
「……。…はっ、え、そっか!」
「そうだよ〜、相手はアンタの愛しの丸井ブン太先生なんだからさ、ラッキーじゃん!」
「ちょっ、声大きいよ!」
ごめんごめん、と言って全く悪びれた様子もなく笑うに
あたしはまたはぁ…とため息をついた。
頬杖をつきながらまだ教壇のところでクラスの女の子と喋っているブン太先生を見て、
時々見える横顔に思わず心臓が高鳴る。
こっち見ないかな、なんて淡い期待を抱きながらその綺麗な赤い髪を見つめていた。
(…何で、こんなに好きなんだろ。)
先生だから、とか関係なかった。
ただ純粋にブン太先生のことが好きで、大好きで。
初めてブン太先生を見たその日からずっとあたしは片思いしてる。
「んじゃ、私もう帰るね。補習頑張って〜。」
「あ、うん。じゃあねー。」
**
「ー、わりぃな遅くなって。」
「あ、大丈夫です。」
「よっし、じゃあそっちの机くっつけて。」
「はーい。」
ガタガタとブン太先生が動かした机と、あたしが動かした机を向かい合わせにくっつける。
意外と近いその距離に思わず心臓がうるさくなったけど、
それを悟られないようにあたしはさっさと椅子に座る。
「お前ちゃんと教科書とノートとプリントあるか?」と笑いながら先生はあたしの顔を覗きこんできた。
「(ちちち近いっ!)あ、あるよっ。だって補習だもん。」
「そっか偉いじゃん。」
「っ!」
ブン太先生はニカッとまるで子供のような笑顔を浮かべると
そっと手をこっちへ伸ばしてくしゃり、とあたしの髪を撫でた。
突然のことに驚いて思わず撫でられた部分を抑えると、先生は小さく笑ってみせる。
「は俺の授業の時いっつもボーッとしてノート書いてないしな。
ぶっちゃけノートあっても意味ねぇか。」
「す、すいませんね!」
「お前さー、いつもいつも何ボーッとしてんだよ?…もしかして俺に見惚れてんの?」
「…へっ?」
「お、図星?」
相変わらず笑顔を絶やさないまま、先生は椅子に座った。
あたしはというと図星の中の図星、まさしく先生の言う通りでしかなくて
カァーッと顔から耳まで熱を持っていくのがわかる。
目をまん丸にして口を小さく動かして声も出ないあたしに、
先生は教科書を手にとって一言言った。
「――ま、冗談はそのへんにして早速始めるぜ。」
「…あ、う、うん。」
「んじゃ、教科書102ページから108ページまで黙読しろぃ。」
「も、もくどく…?」
「黙って読めってこと。」
「…あ、はい。わかった。」
あたしの教科書に手を伸ばし、先生は人差し指でトントンと
数字の102のところを軽く叩いてみせると
そのまま自分の手元の教科書へ視線を向けてしまった。
教室が、急に静かになって何だか落ち着かない。
(…冗談なんかじゃ、ないのに。)
ブン太先生が言ったことは何一つ間違っていない。
そうです、って言ったら先生は一体どんな反応をするんだろう。
…きっと本気になんかしてくれるはずがない。
教科書のつまらない文章からそっと視線をブン太先生に移して
その様子を気付かれないように伺う。
頬杖をつきながら手元の教科書に視線を落とすその表情は、
本当にかっこよくて思わず胸が熱くなった。
長い睫毛
綺麗な鼻筋
形のいい唇に、窓から差し込む夕日で輝く赤い髪。
教科書のページをめくる指先にさえ鼓動が高鳴って。
好き、その気持ちがどんどん溢れ出しそうで。
「……。」
「!?は、はいっ?」
「さっきから全然ページ進んでねぇけどちゃんと読んでるか?」
「え、読んでるよっ。」
「嘘だな。…ったく、さっきからこっち見すぎ。俺なんか変?」
(気付かれてた…!)
バレていないと思っていたあたしの視線はどうやら最初から先生に気付かれていたらしく、
呆れたように笑うブン太先生を見て恥ずかしさで頬が熱くなった。
「っ、別に変じゃないですよ!ただ…、」
「ん?何だよ?」
「…ただ、あの、ブン太先生ってホントに髪真っ赤だなって思って。(って、何言ってるんだ自分!)」
「え?何だよ今更。俺に似合ってんだろぃ?」
「…あ、はは。ソウデスネ。」
「棒読みじゃねーかっ。…てかさ、」
「え?」
そこまで言った先生と視線がぶつかって、
あたしは肩に少しだけ力が入ってしまった。
じっと見つめられるだけで体の熱が少しずつ上昇していく。
その大きな瞳をそっと細めてブン太先生は優しい声色で言った。
「俺のことちゃんと『先生』って呼んでくれんの、くらいだよな。」
そう言って笑うブン太先生はとても嬉しそうで。
やっぱり『先生』は『先生』なんだって、そんな当たり前の現実に
何故か胸が少しだけ苦しくなった。
「…そ、うかな?」
「そうそう、他の奴らは皆して俺のこと呼び捨てにすんじゃん。
少しは俺のこと敬えってんだよなー、見習ってさ。」
「先生は、ブン太って呼ばれるの嫌いなの?」
「んー?いや、別に嫌いじゃねぇけど俺は腐っても『先生』だからさ。」
「……。」
「やっぱ生徒に呼び捨てにされてっと学年主任とか教頭とか結構言ってくんだよ。
…て、やべ。お前これ他のヤツに言うなよ?」
「…う、うん。」
「…まー、それにさ、やっぱ生徒には『先生』って呼ばれたいんだよ。俺は。」
「……。」
気付けば閉じてしまっていた教科書。
その表紙に目線と落とした瞬間、目頭が熱くなった。
『先生』は『先生』であって
やっぱりそこには大人の世界ってものがあって。
たとえ生徒がどんなにブン太先生を慕って懐いていたって、
『先生』と『生徒』であることに変わりはない。
『大人』と『子供』。そう言ったほうが1番しっくりくるかもしれない。
どんなにあたしがブン太先生を想ったって、所詮は『生徒』の好意でしかなくて。
好きになればなるほど、『大人』と『子供』の違いなんて嫌というほど感じていた。
越えるにはあまりにも大きすぎるその壁は先生に恋をしたその日から、ずっと立ち塞がっている。
どうしてあたしは先生の生徒なんだろう、って何度思っただろうか。
こんな形でしかブン太先生に出会えなかった自分の運命が恨めしい。
『先生』と『生徒』という関係じゃなければ、何も気にせずブン太先生に恋が出来たはずだった。
「あ、わりぃ。俺が勉強の邪魔してどうすんだよな。
続き読み終わったら次、このプリントやるぞ。」
「……っ。」
「…?」
「…ブン太先生。」
「ん?」
「…生徒が、先生のことを好きなるのって、やっぱりいけないことなんですか。」
「…え…?」
どうして、あたしは先生の生徒だったんだろう。
どうしてこんなに好きなのに、届かないんだろう。
この気持ちは誰にも負けないのに…。
先生は暫く呆然としたあと、何度か視線を彷徨わせた後ゆっくりと口を開いた。
その瞳は、動揺に満ち溢れていて。
「…それは、何だ?例えばの話?」
「…違うよ。」
「……。」
「あたしの、話。」
ブン太先生はきゅ、と口を噤んで黙り込んでしまった。
やっぱり、生徒が先生に恋をするなんて叶わないものなのかな。
どんなに好きでも叶うことはないのかな。
先生は…生徒を恋愛対象としては見てくれないのかな。
心臓が、痛い。
どうして先生のことを好きになってしまったんだろうか。
どうして―…
「…あたし、ブン太先生のことが好き。本気で、好きなんです。」
「……。」
あなたは、あたしの先生なのですか。
時が止まってしまったみたいだった。
目を見開くブン太先生はあたしの名前を呼んだあと何も言わなくて、
あたしもそれ以上言葉が出てこなくてひたすら沈黙。
うるさい、心臓が、うるさい。
込み上げる涙を必死に堪えようと唇を噛み締めて
一度瞼を降ろしてから、
再び目を開くとこちらを見つめたままのブン太先生と視線が交わった。
…現実は酷く残酷だ。
「…お前、それ本気で言ってんのか。」
「…はい。」
「……。」
「……。」
「……ごめん。」
「……。」
「お前の気持ちには、答えらんねぇ。」
その言葉の意味は、理解している。
どんなに好きでも、
どんなに本気でも、
どんなに想っても、
ブン太先生の瞳に、あたしは『生徒』としか映っていないことを。
苦しい。
こんなに苦しいなら、先生のこと、好きにならなければよかった。
どうして好きになってしまったんだろう、
先生と生徒としてじゃなく違う形でブン太先生と出会いたかった。
先生の言葉の意味を理解していても、やっぱり言葉は出てきてしまった。
「…どうして、ですか?」
「……。」
「答えてよ、先生っ…。」
「…お前は、俺の生徒だから。」
「…っ。」
「俺は『先生』でお前は『生徒』だから。気持ちは嬉しいけど…それだけだ。」
「……。」
「…ごめんな。」
わかってる、わかってるよ。
そんなことわかってるんだよ。
でも、好きなのは仕方ないじゃないか。
届かなくても先生のことが好きなんだよ。
あなたが先生でも、大好きなんです。
「…どうして、あたし、先生の生徒だったのかな。」
「…っ。」
「生徒じゃなかったらブン太先生のこと…、何も気にしないで好きでいられたのに。」
「……。」
「―こんなに好きになるくらいなら、先生に出会わなきゃよかったよっ…。」
ポタリ、と落ちた雫。
歪む視界に映る、ブン太先生の顔。
――ああ、どうして、
先生がそんなに辛そうな顔を、しているの。
叶う筈もない想い
End
MIDI By : Litty
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Thank you for 150000 hits over !!
For 秋山 From 【smile×smile】
2008.8.6
遅くなってしまってすみません。
初めて教師設定にチャレンジしてみましたが如何でしたでしょうか?
最後、ブン太が何故そんな表情をしていたのかはご想像にお任せします。(笑)
企画参加ありがとうございました!