…いつからすれ違いだしたんだろう。
もう遠くなったその背中を
あたしはいつまで、1人、見つめ続けるのでしょう。
好きなのに、どうして傷つけてしまうのか
あたしと跡部はテニス部部長とマネの関係。
元々仲は良かった。
あたしのひとりよがりでなければそれなりにお互いを意識していたし、
あたしはずっと跡部が好きだった。
時には胸が焼けるように熱くなるほどに、
そして時には…『愛しい』と素直に思えるほどに。
ずっと片思いだと思っていたあたしが、
お互い意識していたということを知るのは
皮肉にも…今のような疎遠な関係が始まる、切欠と同時だった。
**
「。」
「跡部、何?」
「これ、今日中にまとめといてくれ。明日の部長会議で使う資料だ。」
「えー!そんなの自分でやってよー!」
「フンッ、俺はまだ仕事が残ってんだよ。お前はもう仕事終わったろ、それなら手伝え。」
「…横暴。」
「何か言ったか?」
「いーえ。何も。」
あたしの返事を聞くと跡部は喉を小さく鳴らすように笑い、
「じゃあ宜しく頼むぜ、チャン?」と口元を上げて部室を出て行った。
ドアの向こうにその背中が消えたことを確認してあたしはふぅ、とため息をつく。
あたしが跡部からの頼みは断れないことを知っていてこんなことをするんだろうか。
それなら何て嫌な男だろう、
もしかしたらあたしの気持ちに気付いているのかもしれない。
そんなことを考えながら
あたしは跡部に頼まれた資料へ目を落とした。
それと同時に部室のドアが開き、誰かが入ってくる気配がして
あたしは再び視線を上げた。
「あ、忍足。」
「やん、何やってるん?」
「ん?あーこれね、跡部に頼まれた仕事。」
「へぇ、大変そうやなぁ。」
跡部と入れ替わりにやって来たのは忍足だった。
一瞬、頭の隅っこで跡部かと期待した自分がいることに気付き、
忍足にほんの少し申し訳なくなったけど笑って誤魔化した。
忍足はあたしの手元にある資料を見つめてから
そっとあたしの顔に視線を移してくる。
不思議に思って小さく首を傾げると忍足はそっと目を逸らした。
「…忍足?」
「…、ひとつ聞いてもええか?」
「ん?何?」
再び、忍足はその瞳をあたしに向ける。
酷く真剣なその表情はあたしを固まらせるのには充分だった。
忍足はそっとあたしに近付くと
切なそうにその顔を歪めた。
「…は、跡部のこと好きなん?」
目を見開くあたしを見て忍足は小さく唇を噛み締める。
小さく揺れるその瞳は、一体何を表しているのだろう。
「え…」
「好きなんやろ?好きかそうじゃないか、それだけ答えてほしい。」
「…、お、したり?」
「跡部のこと、好きなんやろ?」
2度目の、忍足の質問に
あたしは小さく首を縦に振った。
だけどどうしていきなりこんなことを言うのか、
そして何故忍足はこんなにも悲しそうなのか…
意味が分からず頭の中は混乱するばかりで。
あたしの返事に忍足は「やっぱな、」と切なそうに笑うのだった。
「やっぱ俺の勘は当たるなぁ、絶対そうだと思ってたんや。」
「…忍足、あのさ…」
「ん?」
「何で…泣きそうなの?何かあった?」
「……」
あたしが問えば忍足は目を見開いた。
そして暫くしてフッと自嘲気味に笑うと、そっと瞳を伏せて
小さな声で呟いた。
だけどそれは、あたしの耳には充分すぎるほどよく届いた。
「…敵わんなぁ、には。」
「え…?」
「あんな、俺めっちゃショックやねん。」
「な、何が?」
「…が跡部しか見てへんってことが、や。」
「……」
逃げようと思えば逃げられたはずなのに。
その時の忍足の瞳があまりにも悲しそうで、
それから目が逸らせなかった。
抱きしめられるその感覚に、体は反応してくれなかった。
「ずっと好きやったんや、のこと。」
耳元で囁かれたその言葉にあたしの頭の中は真っ白になっていく。
ぎゅうっと強く抱きしめられた体。
抵抗する、ということも思い浮かばないほどあまりにも突然の出来事だった。
「――何してんだよ。」
忍足の声以外音のなかった部室に
あまりにも聞き覚えがありすぎるあの声が響き渡った。
「…あ、…」
「……跡部。」
「…テメェら、一体何やってんだよ。」
うそ、でしょう。
これは夢だ。
何で跡部が、
…何で跡部が、ここに。
そっと解放される体。
離れていく忍足の熱に、だんだん現実へと引き戻される。
何も考えられない頭で、そっと視線を跡部へと向ければ
…今まで見たこともないくらい冷たい瞳の跡部がそこにいた。
「…お前ら、そうゆう関係だったのか?」
「…あ、とべ…」
「ちゃうねん跡部、今のは俺が…」
「うるせぇっ!」
忍足の言葉を遮るように跡部は声を張り上げた。
拳を握ってあたしと忍足を軽蔑したように…
それでいて、本当に辛そうに見つめるその蒼い瞳が、揺れる。
「…出てけ。」
「え…」
「……」
「出てけって言ってんだよ。聞こえねぇのか?」
冷たく放たれたその言葉。
胸を抉るような痛みが走る。
唇が震え、目頭が熱を持った。
動けないあたしの腕を忍足は引いていく。
よろけそうになりながら忍足について歩いていくあたしを、
跡部は一瞬見てから目を逸らした。
その瞬間、
目の前が真っ暗になって。
**
パタン、と無機質な音を立てて閉めた部室のドアを背に
あたしは俯き、込み上げる涙を必死に堪えようとした。
あたしの腕を掴んでいた忍足の手がそっと離れる。
部室から少し離れた場所まで歩いた所で、忍足がそっと呟いた。
「…ごめん、な。。」
俯いたまま顔を上げられない。
あたしは横に首を振ることしか出来なかった。
悪くない。
忍足は悪くない。
悪くないから。
込み上げてきた涙がとうとう頬を伝った。
ポタ、ポタッと地面に染みを作るそれは、やけに寂しくて。
滲む視界に浮かぶのは…跡部のあの瞳。
軽蔑したようにあたしを見ていたあの目。
逸らされた瞬間、世界が絶望に変わった。
「…」
「…っ」
「俺じゃアカンの…?俺やったら、を、大事に出来る。」
「お、したり…」
振り絞るような忍足の少し掠れた声に目の前がもっと歪んでく。
顔を上げることが出来ない。
忍足の気持ちは素直に嬉しかった。
だけど、それでも、あたしが好きなのは跡部で。
嫌われたかもしれない。
ううん、あんな風に睨まれたのは初めてだった。
絶対に嫌われてしまっただろう。
もう二度と、あんな楽しい日々には戻れないだろう。
でも、やっぱり、
あたしはずっとずっと跡部が好きで。
諦めて忍足の気持ちを受け入れることなんて、出来ない。
「忍足…ごめんね。」
「……。」
「ごめ、ね…ごめんね。あたし跡部が…」
「……。」
「跡部が、好きだから。忍足の気持ちには、答えられない。」
震える声で言って、
ゆっくりと顔を上げれば、
切なげに微笑む、忍足がいた。
「こんなにに思われて、跡部は幸せ者やな。」
「やっぱ敵わんなぁ…」
「お前らの間に、入ろうとか考えた俺がアホやったわ。」
「え…?」と呟いたあたしに、忍足は何も言わなかった。
ただ、部室のドアの方をじっと見つめて
ほんの少し、苦しそうに笑うだけだった。
泣いたまま忍足の顔を見つめていると、
忍足は「そんな顔されると、意地悪も出来んやん。」と言い、話し始めた。
**
もう、どれくらい跡部と口をきいてないんだろう。
跡部のことが好きで忍足をフッて、
あたしは今、結局独りぼっちだ。
「…跡部…」
部活が終わってあたしは着替えを終えると帰ろうと更衣室を出た。
今日はマネの仕事が長引いて他の部員はもう帰ってしまっていて、
1人寂しく帰ろうと歩き始めたときだった。
前から同じように着替えを終えて部室から出てきた跡部が歩いてくる。
そういえば今日は跡部は榊監督に呼ばれていたっけ、
そう思ったのが刹那、前からやってくる跡部に鼓動が速まっていく。
あたしの声が届いたのか、跡部の視線がそっと上に上がり、あたしを捉えた。
一瞬心なしか目を見開いた跡部は
すぐに無表情になるとあたしから目を逸らし何事もなかったかのように歩いてくる。
逸らされた視線に、
心臓がズキリと音を立てた。
そしてすれ違う、あたしと跡部。
ふわり、と鼻を掠めた跡部の香りに胸が締め付けられて
戻ることが出来ない楽しかった日々が、フラッシュバックするみたいだった。
そっと振り返って跡部の背を見つめる。
あの日忍足に言われたことを思い出す。
少しずつ遠くなっていく跡部の背中は、やけに寂しくて。
「…俺もアホやけど、跡部も大概アホやと思うわ。」
「…え?」
「俺に奪られたくないなら、そう言えっちゅう話や。」
「ど、いう意味…?」
「跡部も意地張ってるだけや、って意味。元々俺の入る隙間なんかあらへんし、
玉砕覚悟やったのに…跡部も、も、お互いの気持ち知らんかったんやな。」
「……」
「…あーあ…何で俺、フラれたのにこんな手助けしてんのやろ。意地悪して絶対言わんって決めとったのに。
…ま、のそんな顔見たら、嫌でも言わなきゃアカン気持ちにもなるわ。」
「……」
「、あのアホと上手く行ってくれんと俺、立場ないやん。頑張り。」
「…え、ちょ、忍足っ…?」
忍足の話が本当だとしたら?
跡部が意地を張っているだけだとしたら?
あれからあたしも考えてた。
もし跡部があたしのことを何とも思っていなかったとしたら、
あんな風に怒ったりしないんじゃないだろうか、って。
そんなの都合が良すぎると思っていたから、
考えないようにしてたのに。
遠くなっていく跡部の背中。
跡部はあたしの気持ちを知らない。
あたしが忍足に抱きしめられているのを見て怒ったのはどうして?
…あたしのこと、少しでも好きでいてくれたから?
何とも思っていなかったら怒るはずがない。
あんなに怒ったのは、それしか考えられない。
自惚れだってのはわかってる。
だけど、もう、
あたしが踏み出さなきゃ…ずっと何も変わらないから。
自惚れでもいい。
あたしに勇気を。
「―跡部っ!!」
声を張り上げてその背中を呼び止める。
そっと足を止めた跡部がこちらに振り返る。
交わる視線。
あたしは震える唇で思いを告げる。
込み上げてくる涙を、零さないように。
「あたしっ…ずっと跡部が好きだったの…!」
あたしの声に跡部は目を丸くする。
ドクンドクンとうるさい心臓。
熱くなる目頭。
苦しい呼吸をあたしは繰り返す。
「もう、やだよ…跡部と、跡部と一緒にいられないの。
ずっと好きだった。ずっと好きだったのにこんなのもう、やだよ…!」
「……。」
「忍足の告白は断ったの。あたしは跡部が好きだからって。」
「…っ」
「好き、跡部っ…好き」
何も考えられない頭ではその言葉を繰り返すしか出来なかった。
堪えていたはずの涙が零れそうになってあたしは目を手で押さえた。
俯いた瞬間、気配を感じる。
ハッとして顔を上げた瞬間、あたしの体は跡部に抱きしめられていた。
「あ、とべ…」
「…ごめん、な。…今まで、悪かった。」
「…」
「つまんねぇ意地張って、お前のこと傷つけた。」
「……」
「お前が…忍足に取られると思って怖かった。…情けねぇよな、俺。」
「……っ」
「他にももっと言いたいことはある。…けどな、」
「…」
「これだけは、これだけは言わせてくれ。」
「跡部…っ」
あたしの耳元に跡部の唇が寄せられる。
跡部が囁いたその言葉に、あたしはやっぱり、泣いてしまった。
「俺もずっとが、好きだった。」
もっと力強く体を抱きしめられる。
あたしもそれに答えるように跡部の背中に手を回した。
好きなのに、どうして傷つけてしまうんだろう。
好きなのに、伝えられなくて。
好きなのに、すれ違って。
好きなのに、自分が傷つきたくないがために意地を張って。
だけど、もう、傷つけたりしない。
通じ合ったこの気持ちを、もう見失わないから。
End
MIDI By : HAPPY DAY
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For 智 From 【smile×smile】
2007.11.23
跡部夢、というより忍足夢な気が…(笑)
素直になれない跡部とのお話でした。
企画参加ありがとうございました!